進歩のその先にあるもの【進歩 = 幸せ?】

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今回は最近考えている、進歩と幸せの関係について書きたい思います。

私たちは人類の進歩のために働いている

突然ですが、あなたのお仕事の目的は何ですか?

製造業の人であれば、「良い製品を作り社会をより豊かにする」であったり、営業の人であれば「良い製品・サービスを社会に知ってもらい使ってもらう」であったりしますよね。

人それぞれたくさん答えが出てくると思いますが、私は現代の多くの人のお仕事の目的は人類を進歩させることであると思っています。

テクノロジー系のお仕事や、ものづくりをおこなっている人は想像がつきやすいですね。日々新たな技術を生み出し、それを使って社会をより豊かに、人類を進歩させるために働いていますよね。

「私はそんなことを考えていない。給料をもらうために、会社に言われたことをやっているだけだよ」という人もいると思います。しかし、会社に言われたことをやっているだけでも、あなたのお仕事は人類を進歩させるためのものであることが多いと思います。

例えば、ある営業マンが先月よりも営業成績を上げるために一生懸命に働きます。本人は会社のことや社会のことなどは考えず、自分の出世のため、ボーナスのために頑張っているかもしれません。しかし、頑張った結果、この人の営業成績が上がれば会社の利益も上がります。会社が成長すれば、それは社会全体の成長、ひいては人類の進歩ということになりますよね。

こうして考えてみると、例外はあるのかもしれませんが、私たちが働くということは何かしらの形で人類を進歩させるということだと捉えられます。

進歩を続けてきた結果は?

私たち人類は、誕生から休むことなく進歩を続けています。

歩いて移動するしかなかった時代から、馬に乗るようになり、自転車を生み出しました。今ではみなさん車や電車なしでの移動は考えられませんよね。さらには飛行機を使って空を飛ぶことも可能です。

食料の調達も狩・採集の時代から農耕が始まり、機械化が進んだ現代では、自分で一度も食料を育てたことがないという人も珍しくありません。

それでは、人類の進歩の結果、私たちは幸せになったのでしょうか?

ここでは幸せの意味・定義までは詳しく触れないことにします。人によって解釈が違うと思いますし、正解はないと思います。なので、一般的な理解として、ネットで調べた結果をいくつか貼っておきます。

心が満ち足りていること

Wikipedia より引用

満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。

goo辞書 より引用

不自由や不満もなく、心が満ち足りている・こと

大辞林第三版 より引用

「満ち足りている」という言葉が全てに載っていますね。これを念頭に先ほどの問いである、人類の進歩の結果、私たちは「幸せ」になったのか?について考えてみましょう。

私の意見では、人類は幸せに近づいたと考えています。

少なくとも先進国に限っていえば、衣住食の面や安全面で満たされるようになった人は増えたでしょうし、テクノロジーの発達により家族や友人とのコミュニケーションをとりやすい環境が昔に比べると整っていると思います(エビデンスはありませんが)。また、医療の発達により、昔であれば治らなかった病気の多くを治すことができるようになっています。

もちろん私たち全員が「満ち足りている」という状態にはなっていませんが、少なくとも人類の進歩によって、私たちは幸せに近づいたと考えられますよね。

これからも進歩を追い求めるのか?

ただここで考えたいのは、今後も人類が進歩すれば、私たちはより幸せになれるのかということです。

先ほど人類の進歩に伴って、私たちはより幸せになったと言いましたが、それにも限界があるのではないかと私は考えています。

世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「ホモデウス テクノロジーとサピエンスの未来」では以下のことが指摘されています。

  • 一人当たりのGDPでは、シンガポールの方がコスタリカより5倍も多いが、幸福度ランキングではコスタリカの方がシンガポールよりも上位にランクインしている
  • 一般的に所得が多いとされる先進国の方が途上国よりも自殺率が高い
  • 石器時代から比べると現在のアメリカのエネルギー消費量は60倍になったが、私たちの幸せも60倍になったのか?

こうしてみてみると、進歩の向かう先と幸せの向かう先は同じではないことが感じられるでしょうか。

ユヴァル・ノア・ハラリ氏の指摘のような具体的な例をみなくても、感覚レベルでなんとなくこのズレを感じている人も多いのではないでしょうか?

私はこれから、この進歩と幸せのベクトルのズレがさらに大きくなり、表面化してくると考えています。

一度立ち止まって考えてみよう

ここで言っておきたいのは、進歩自体が悪いわけではないということです。私たちはこれまでの進歩の上に生きていますし、進歩のおかげで幸せになりました。

私がこの文章を書いている今この瞬間にも、凄まじいペースで進歩し続ける私たち。このあたりで一度立ち止まって、その進歩の先には何があるのか考えてみるのも良いかもしれません。

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